the longest day

アラサーが映画レビューを100本ノックしてます。基本はゆる〜く、時に真面目に。コンテンツってなんなのか紐解いていきたいと思う。

映画による日常の乖離と没入感

おはようございます。

今日は、先週珍しく日本映画をよく観ていたので、そこで感じたことを書いていきたいと思います。

まず、物語の没入感が大きく違うと僕は常々感じていました。洋画の場合、舞台のほとんどは海外なので映像を見た瞬間に、今ある日常から乖離した非日常へ比較的簡単に踏み込むことが出来るように思います。

反面、物語を観ていると言う感覚が強く、ほとんどの人類が感じるであろう感情的な共感はあるものの、生活習慣や価値観の違いから深い没入感を得ていくのは難しいのかなと。

逆に邦画の場合、物語はどこまで行っても日常の延長線上に存在している感覚が強く、登場人物との親近感や共感が深まったことで、緩やかに日常との乖離が深まっていくように思います。それは同時に没入感を伴っているものの、この感覚をもたらすのはとても難しいように感じます。日常と言う薄皮を丁寧に優しく一枚ずつ剥いでいくようで、強すぎれば反発があり、興醒めしてしまう気がします。

・要約すると

洋画は比較的簡単に軽い乖離を得られる判明、没入感に繋がるかは難しい。逆に邦画は日常からの乖離は難しいが、乖離する感覚は没入感と共にあると言ったところでしょうか。あくまで僕個人の感覚ですが。

明日は背景音楽(バックグラウンドミュージック)の有無について書いてみようと思います。